待降節第2主日 ルカ3:1〜6 「荒れ野で叫ぶ声」 田島靖則
私たちキリスト教徒にとって、聖書に記される「洗礼者ヨハネ」という人は、一体どのような意味をもつ人物なのでしょうか?よく言われますことは、「洗礼者ヨハネは、イエス・キリストの先駆者であった」ということですが、これも分かったようでいて実はよく分からない説明です。「先駆者」とは何でしょうか?「先駆者」とは、読んで字のごとく「人に先駆けて物事をなす人」という意味ですが、ヨハネは一体なぜ主イエスに先駆ける必要があったのでしょうか?
ある人は、ヨハネを「相撲でいえば露払いのようなものだ」といいますし、またある人は、「歌手のコンサートの前座のような存在だ」と思っているようですが、本当に、その程度の役割を与えられた存在だったのだろうかと首をひねりたくもなります。
ご承知の通り、クリスマス物語のなかで、寄る辺なきマリアを陰で支えたのが、同じように身ごもっていたヨハネの母エリサベトでした。相前後して生まれたヨハネとイエス。この二人の関係を何にたとえるべきかと頭をひねるとき、私が真っ先に思い浮かべるのが、19世紀末の英国の作家オスカー・ワイルドの作品『幸福な王子』です。『しあわせのおうじ』という表題で絵本にもなっていますから、皆様もご存知だと思います。
一羽のつばめが出て参ります。仲間たちはみんな暖かい南の国へ渡ってしまったのに、どういうわけかこの一羽のつばめだけは、すっかり寒くなった街の広場に取り残されています。その街の広場の真ん中には、立派な王子の銅像が立っています。王子の目はサファイアで、腰の剣にはルビーが飾られています。その全身はぴかぴかの金箔に包まれていました。
王子の銅像の足もとに一夜の宿を求めたつばめは、王子の目からこぼれ落ちる涙に気付き、頼まれるままに、剣のルビー、王子の目に飾られているサファイア、そして身体を包む金箔を、街の貧しい人たちのところへ届ける役を引き受けます。こうして王子は持っているものすべてを、街の貧しい人、困っている人にあげてしまいます。
そうして、この王子の銅像に飾られていた宝ものが、一つ残らず取り外されてしまったとき、街の人たちはその銅像をただの「がらくた」同然に扱うようになります。
やがて、王子のために働き、暖かい国に渡る時期を逸したつばめは、王子の足もとでひっそりと死んでゆきます。
そして王子の銅像は、引き倒され、捨てられてしまうのです。
「ああ、あのお話か」と思い当たった方もおられるでしょう。
作家のオスカー・ワイルドは、キリストの生涯に並々ならぬ興味を抱いていたといわれます。最後に引き倒され、捨てられる王子の銅像は、もちろんイエスを指しています。そして、王子のためにあちこちの貧しい人たちに宝物を配ってまわったつばめこそ、洗礼者ヨハネです。
ワイルドは、もうひとつの有名な作品として、戯曲の『サロメ』を残していますが。その戯曲『サロメ』のなかで悲劇的な死を遂げるのも、洗礼者ヨハネその人です。ワイルドはヨハネを「ヨカナーン」という名前で戯曲に登場させます。戯曲の一場面をお読みしましょう。
ヨカナーンの声がします。「私の後に来るのは、私よりも力のある方だ。その方が来られるとき、荒れ果てた地もよろこぶだろう。ゆりのように花開くだろう。」
兵士が言います「あいつを黙らせろ!あいつはいつも、訳の分からぬ事ばかり言う」。「いや、いや。あれは聖者だ。それにとてもやさしい」。「何者だ?」。「預言者だ」。「名前は何という?」。「ヨカナーン」。「どこから来た」。「砂漠からだ。そこでは、いなごと野蜜を食べていた。革の帯をしめていた。そのなりふりはものすごかった。多くの人々が彼の後に従っていた・・・弟子さえあった」。「何をしゃべっているのだろう?」。「おれたちにはさっぱりわからん。ときどき、身の毛もよだつようなことを言う。だが、何を言っているのかはわからない」。
この戯曲に登場する兵士というのは、ガリラヤ領主のヘロデに仕える兵隊ですから、当時、兄弟の妻を奪うというヘロデ王の愚行を手厳しく批判していたヨハネの言葉を「理解できない」というのも分かります。しかしその兵士たちをして「やさしい聖者であり、預言者である」と言わしめるのが洗礼者ヨハネという存在です。
本日の福音書の日課によれば、時は皇帝ティベリウスの治世の第15年。つまり、マリアとヨセフのベツレヘム行きのきっかけとなった人口調査を命じた皇帝アウグストゥスの後任としてティベリウスが即位したのが紀元14年ですから、計算するとこの年は、紀元27年〜28年を指しているとわかります。この年、神の言葉がヨハネに降ったと聖書は語ります。
そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。これは、預言者イザヤの書に書いてあるとおりである。「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。谷はすべて埋められ、山と丘はみな低くされる。曲がった道はまっすぐに、でこぼこの道は平らになり、人は皆、神の救いを仰ぎ見る。』」
洗礼者ヨハネは「荒れ野」に現れたと記されています。「荒れ野」は本来、人の住めるような場所ではありません。ヨハネが荒れ野に現れたという言葉で示されていることは、人として生きることが困難な状況のなかに置かれている人たち、荒れ野のような現実を生きなければならない人たちのところへまず彼が訪れたということです。ヨハネは「荒れ野の現実にもかかわらず、あなたがたが生きることを強く望まれる神様のもとに立ち返りなさい」と勧めます。
本日の福音書の日課の続きを読みますと、洗礼者ヨハネが手厳しく「悔い改め」を迫った相手は、ヘロデ王に代表されるような裕福で「自分こそ正しい者」とうぬぼれている人たちであったことが分かります。そして、搾取され虐げられ貧しさの中で困窮にあえぐ者たちには、裁きの言葉ではなく、「下着や食べ物を分け合うように」との、優しさに満ちた的確な言葉を残しています。
洗礼者ヨハネは、その生涯をひたすらに「キリストの到来を告げ知らせる者」として生き抜きました。その証拠に、彼はキリストとしての主イエスの出現とほぼ時を同じくしてその生涯を終えています。
オスカー・ワイルドが戯曲で描いたように、その最期はヘロデ王の宴会の座興として命を奪われるという、まことに悲惨なものでした。しかし、彼が命をかけて指し示そうと努めた場所に、主イエスが立っておられ、ヨハネが完成できなかった「罪の赦しのわざ」と「抑圧された人々の解放」を果たし、「人は皆、神の救いを仰ぎ見る」という旧約聖書の預言の言葉は実現したのです。
戯曲『サロメ』のなかで、宴会の座興にヨハネの首を所望するサロメに向かって、ヨハネはこう語りかけます。
「娘よ。おまえを救い得る方はただ一人しかおいでにならぬ。わたしがおまえにいうのは、その方のことだ。その方を探しに行け!その方は、自分を呼び求めるすべての人のもとへ来られる。」
私たちもまた、洗礼者ヨハネの指し示すかなたをしっかりと見つめ、主イエスと出会うためのクリスマスの備えの時といたしましょう。


