礼拝説教(田島靖則牧師):「たったひとりの理解者」 2009年12月6日(日)

 

 

bokushi_01.jpg降誕祭 ルカ13945(ルカ14655) 「たったひとりの理解者」 田島靖則

 

 1940(昭和15年)1231日午後1030分、NHK交響楽団の指揮者ヨーゼフ・ローゼンシュトックがベートーベン第九のラジオ生放送を行います。これを企画したのは当時のNHK職員だった三宅善三という人です。彼はその理由について「ドイツでは習慣として大晦日に第九を演奏し、演奏終了と共に新年を迎える」と語っているそうですが、実際にはドイツにそうした習慣はなく、これは彼の勘違いであるといわれています。「年末は第九」という「季節の風物」が、勘違いから生まれたというのもおかしなお話しです。もっとも、日本で年末に第九が頻繁に演奏されるようになった背景には、終戦後オーケストラの収入が少なくて、楽団員の年末年始の生活に困る現状を改善したいという現実的な思惑もあったということです。

ちなみに、日本で初めてベートーベンの交響曲第9番が歌われたのは、第1次世界大戦時の四国、徳島にあったドイツ人捕虜収容所でのこと。当時の収容所の監督であった軍人も、また地元の人達も、捕虜であるドイツ人たちを、人道的見地からも恥ずかしくない態度を持って扱ったときいています。

 だいぶ前ですが、サハリンに住んでいるひとりのドイツ人女性の話を、なにかの文章で読んだことを思い出します。ある時、日本人ジャーナリストがサハリンのユジノサハリンスクという北海道に近い町から、サハリンの中央部ティモフスクという町まで列車で旅をしたとき、列車が駅に着くと、ずきん姿の物売りの農婦たちが声をかけてきたそうです。そこで、アンナ・ベックさんという名の60才の女性と話をするうちに、彼女が第2次大戦の時に強制移住させられたドイツ人女性であることを知ります。そのジャーナリストが「町にドイツ人はたくさんいるの?」と尋ねると「もういない」と小声で答えたそうです。自分は少数民族の取材で北へ行くと告げると、「私も少数民族なのに・・・」と答え、続けて「ねえ、日本へ行けるとしたら、国境で私を助けてくれる?」と問いかけてきたそうです。そこでジャーナリスト氏は返事に窮していると、彼女は淋しそうに笑ったそうです。彼女が移住してきたのは1941年、独ソ戦開始の年、彼女はまだ4才だったということを話してくれたそうです。もっと詳しい話を聞こうとした時に、列車の出発の汽笛が鳴ります。そこでジャーナリスト氏は「ダスビダニア」と、ロシア語で別れを告げました。すると彼女は、近くの他の農婦に聞こえないように、こうささやいたそうです「アウフ・ビーダーゼエン」。ドイツ語で「さようなら」。

 今、私たちは今年のクリスマスをどんな気持ちで迎えようとしているでしょうか?私たちが、今抱えている悩みはどんな悩みでしょうか?私たちは、安心して自分の国に住み、日々の糧に事欠くこともない。それでも、自分が見捨てられた存在だと感じる人が、多くいるのは何故なのでしょうか?

 さて、クリスマスウイークの始まりである本日、私たちに与えられた福音書の日課は、イエスの母マリアと、その親類の年老いた女性エリサベトの姿を、私たちに伝えております。不思議な神の力によって、赤ちゃんが宿ったという、天使による受胎告知を受けた若きおとめマリアは、天使に向かって「お言葉どおり、この身になりますように」と答え、神様への信仰を告白しますが、しかし、それでマリアは落ちついて家でじっとしていることは出来なかったようです。 確かにマリアは、素朴な信仰と、こういった出来事を起こされた神様への信頼を持っておりましたが、しかし、目下の所このことを知っているのは「神様と私」だけ。自分のまわりで、今起こっている出来事に気付いている者は誰一人おりません。「マリアの淋しさ」「マリアの孤独感」を共有してくれる者は誰一人おりませんでした。 

 ところが実は、この「マリアの密かな苦しみ」を分かち合える人が、たった一人だけいたのです。それは、マリアの住むナザレ村からは23日ほどの道のりであるユダの町に住む、親戚の女性エリサベトでした。天使はマリアに向かってこう告げたのです「あなたの親類のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう6カ月になっている。神にできないことは何一つない」。

 マリアは神様のお心を信頼しながらも、人知れぬ大きな「淋しさ」「孤独」を抱えたままで、じっとしていることはできませんでした。それで、旅支度を整え、「マリアは出かけて、急いで山里に向かい、ユダの町に行った」と聖書は語ります。マリアにとって、このエリサベトという親類が、日頃から懇意にしている親戚であったのかどうか定かではありませんが、身分的に見れば、マリアはガリラヤのナザレという田舎町に住み、大工の青年のいいなずけであるということからも、社会的な身分が高かったわけでも、家柄を誇るような立場にあったわけでもないということが分かります。一方エリサベトは預言者と言われたモーセの兄、アロンの家の直系の子孫であり、神殿祭司のザカリアの妻という立場でありました。つまり、平民と貴族という身分の違いがあったということです。もしかしたら、口もきいたことのないような、そんな親戚関係だったかもしれません。しかし、今、マリアにとっては、この親類のエリサベトだけが、自分の身に起こっている出来事を理解し合うことのできる唯一の人間です。彼女は、急いで山里に向かい、ザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶をしました。

 するとどうでしょう、もう十分に高齢であったエリサベトのおなかの中の赤ちゃんが、マリアの声を聞いて喜び踊ったのです。エリサベトはこのことを感じると、親類の娘マリアの身に起こっていることを理解し、即座にこう答えます「あなたは女の中で祝福された方です。胎内のお子さまも祝福されています」。

 マリアが、この言葉を聞いて思わず涙ぐむ姿を想像できるでしょうか?「自分はひとりぼっちではない」「神様は、私を慰めるために、この人との出会いをつくってくださった」。クリスマスの物語は、一人の寄る辺なき身の女性に過酷な運命を課しましたが、その「まったくの孤独」と思われる身の上に、神様は「避けどころ」「避難所」を用意されるということを私たちに伝えようとしています。

 私たちも、ある時はマリアのようであり、またある時はエリサベトとしての役を担う者でもあります。

 マリアがめでたくヨセフと結ばれ、そして神様の愛を惜しみなく示し、良い知らせを私たちに伝え、そして私たちのために十字架に架かられたキリストがお生まれになった。クリスマスは、この喜びをしみじみと噛みしめる時です。

「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう」。

 この言葉を胸に刻み、クリスマスの喜びにあずかりましょう。

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